休日のんびりご近所散歩


↑北千住駅から徒歩20分、荒川土手近くにある『タカラ湯』は昭和2年創業、同13年に現在地に移転。入り口の彫刻は柴又帝釈天の宮大工が手がけた。戦時中は高い煙突が工場と誤認され爆撃の対象になったが、無事終戦を迎え、多くの銭湯ファンに支えられながら現在まで営業を続けている。

◇連載第3回「タカラ湯」の巻◇

 都内の銭湯が減り続けています。2008年の統計で895軒。このままですと3年後の2015年には500軒、2025年にはゼロになるという予測さえ出ています。
 そんな中、北千住駅の周辺に限っては例外中の例外。徒歩圏内で15軒と、都内屈指の「銭湯銀座」。
 なぜそれだけの数が残っているのか。別に「銭湯保存地域」に指定されているわけでも、どこからか補助金をもらっているわけでもありません。要するに利用客が絶えない、営業できるだけの需要があるということ。
 「千住辺りは貧乏人が多くて家に風呂がないんだろう」なんて言う口さがない連中もいますが、そうではなくて、こちらの常連客は家に風呂があっても、敢えて銭湯に行くのだと思います。
 実際に行ってみると、そんな気持ちがわかるような気がします。
 この地には銭湯ファンの間で知らない者はいないという「キング・オブ銭湯」大黒湯と「キング・オブ縁側」タカラ湯があり、どちらも宮大工の手になる立派な唐破風、千鳥破風や七福神の彫刻を持つ重厚な建物。こうした関東独特の「宮型造り」には極楽浄土に誘う、お参りに行くという非日常空間としての演出があったと言われています。
 加えてタカラ湯には「キング・オブ縁側」の名に恥じない広い縁側と日本庭園があります。銭湯もここまで立派なら十分温泉気分に浸れるというもの。
 大黒湯・タカラ湯の入り口には「わ」と書いた板があります。これが「わ」なら、わいた(沸いた)で営業中の意味。「ぬ」なら、ぬいた(抜いた)でお休みの意味。江戸っ子ならではの洒落。今でも続いているなんて粋じゃありませんか。     (毎月連載)
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