忘れられた偉才・岩瀬忠震

第6回 黒船来航〜その3

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:墨田なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

もだえ苦しむヒョウタンナマズ

結局、黒船に対して幕府はどう対応したの?



結論から言えば、大統領からの親書は受け取ったけど、将軍家慶が病気で今は対応できないから、1年待ってくれとういうことでお引き取り願った。


あ〜、政治家お得意の「先送り」ね。



家慶は黒船が去った10日後に亡くなっているから、嘘ではないんだけど、次の家定もねぇ、病弱で頼りない。加えて幕府はすでに深刻な財政難で破綻寸前だった。追い打ちをかけるように7月にはプチャーチンが率いるロシア艦隊が長崎に現れて開国を迫るし、まさに八方ふさがりの状態だったんだ。そこで若き新リーダーの阿部正弘は極めてユニークな方法で、これを打開しようとするんだ。

あら、何かしら。そこは野田さんとはちょっと違うみたいね。



あはは。違うと言えば違うけど、似ていると言えば似ている。今で言う「大連立」の発想だな。前回も触れたけど、名君の誉れ高い水戸藩主、徳川斉昭。この人は過激な言動が災いして隠居させられていたんだけど、この人を江戸に呼んで「海防参与」の肩書きで幕政に参加させた。加えて薩摩の島津斉彬も呼んだ。この人は薩摩のお家騒動の時に阿部正弘に助けられて藩主になった経緯がある。

その2人っていうか、2つの藩って、今で言うとどことどこ?



全く考え方の違う自民党と社民党・共産党みたいなものかな。斉昭はガチガチの攘夷派、つまり開国反対派だし、洋学に明るかった斉彬は逆に開国派。御三家の一角と外様大名、この2人を参謀に置くことで阿部正弘はバランスを取ったとも考えられるね。さらに斉昭には次期将軍候補ナンバーワンの一橋慶喜という息子がいて、斉彬には福井の松平春嶽、伊予宇和島の伊達宗城、土佐の山内容堂、尾張の徳川慶勝といった優秀な外部ブレーンも揃っていたからね。

それじゃ、2人の派閥は衝突しちゃうじゃない。



ところが、斉昭と斉彬は以前から親交があって、実は斉昭の幕政参加をバックアップしたのは斉彬その人なんだ。意見は違っても、非常時の日本を何とかしなければという思いは同じ。しかも斉彬一派は慶喜を次期将軍に推していたからね。そういう意味では、強いて言えば石原都知事と橋本大阪市長が非常時に国政に参加したようなものだな。

それって、今の国会でも実現しそうな雲行きよね。そもそも今の日本が非常事態だし。



阿部正弘は、この2人以外にも、朝廷と、すべての大名、その家来たちからも意見を求めたんだ。これは江戸開闢以来初めてのことだね。突然、幕府が民主主義政府の国会みたいになっちゃった。

でも、それはお侍さんたちの話でしょ。民主主義っていうにはちょっと早いんじゃないの?


ところがねぇ、そこが阿部正弘の大胆なところで、一般大衆からも分け隔てなく意見を求めたんだ。吉原の遊郭経営者にまで意見を聞いたという資料が残っているからね。


へぇ〜!それで、どんな意見を寄せてきたの?



外国人が来たら、接待とみせかけてベロンベロンに酔わせて、刺身包丁で殺しちゃえという物騒なアイデアだ。当然、採用はされなかったけどね。


あはは。可笑しい。でもきっと本気で考えていたんでしょうね。



結局、700通もの意見書が寄せられるんだけど、どれも似たり寄ったりで名案はゼロ。朝廷にしたって、政治とはずっと無関係だったのに突然意見を求められたから、これはただ事ではないということになって大騒ぎ。結局この正弘の奇策は、幕府への不安感、不信感を募らせ、各地の大名や家臣達の国政参加意識を強めるという皮肉な結果に終わるんだ。

阿部さんって発想はいいけど、統率力のない人なのね。



そうなんだ。正弘は人の意見を聞くけど、自分の意見は一切言わない。優柔不断でとらえどころがないから、ついたあだ名が「瓢箪鯰」だ。本当は大の外国人嫌いで心の底では攘夷派だったのかもしれないけどね。

でも、そうしなければならない理由があったんじゃないの?



もちろんそうさ。正弘は自分の発言に問題があった場合、どれだけの影響を及ぼすかわかっていた。今だってそうだろ。失言大臣が出る度に政権は弱体化する。しかし、それも善し悪しだ。結局は何も決められずに、時間だけを浪費したからね。ただ、大名諸侯の共通認識としてあったのは、西洋列強に軍事力では到底太刀打ちできないという事実。だから、まず西洋の進んだ科学を吸収して軍備を増強すること。そのためにはある程度の国交もやむなしという流れは自然にできていった。

みんなが一致団結して国を守ろうということね。いい話じゃない。



だけどねぇ、前にも言ったように幕府の財政は火の車だから、軍備増強と言っても必然的に諸藩に頼るしかない。しかし諸藩だって幕府以上の財政難だから、そんな余裕がない。仕方なく幕府がなけなしの資金を融通して、諸藩に軍備増強を命じるんだけど、結局それが幕府の命取りになる。

そうすると、お金のある藩が有利になるわよね。



それが薩摩、長州といった西国の雄藩だ。密貿易で秘かに蓄財していたからね。



←その性格の激しさで阿部正弘を悩ませることになる「烈公」徳川斉昭の肖像

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